■第1章
第2章
店の前には浜松町〜四谷3丁目間の都電が走っていた。六本木のはずれ、飯倉片町。郵政省のはす向かいの白い、ちいさなビルの地下にレストランキャンティが開店した。昭和35年(1960年)春のことだった。
1階にはブティック・ベビードールも同時オープン。創業者川添浩史は高松宮邸内に創業された光輪閣の支配人としての務め、また対外的な文化活動に勤んでいた。本格的なイタ リア料理の店をはじめたいと言い出したのは、妻の梶子のほうである。戦後15年たって いたとはいえ、当時都内にこれといったレストランは皆無に近かった。美味な料理を供す るのはもちろん、彼女自身そこに終日いて、みずから食し、気に入った客と語り、くつろ ぐ。そんなヨーロッパのサロン風の店を持ちたいと望んでいた。これこそ1軒もなかった。 「自分が行きたい店がない。だから自分の行きたい店をつくる。」というわけだ。単純と いえば単純だが、考えてみれば大胆で、これほど贅沢な話もない。川添は周りには照れて、「こんど店をはじめる。西洋のおでんやみたいなもの。」と説明している。
この「西洋のおでん屋」だが、店の名前はイタリア産のワインのブランド名からキャン ティとすることに。店内の設計には、川添の年来の友人で、コルビュジュの最後の弟子で ある、建築家・村田豊があたった。いろいろな分野にで活躍する川添は顔が広く、仙台の 造り酒屋の知り合いは古い酒樽を送ってくれた。この杉の木でクラシックな感じの、とい っても地下の狭い店だから3,4脚に過ぎなかったがテーブルをつくり、カウンターもつ くった。
そして、天井のライトの傘は梶子の手作りだった。かつて彫刻家を志し、美的センスの ある彼女には、既製品のシェードでは物足りなかった。手先も器用だったから、自分で布 を選び、自分でつくってしまった。ダンボールを使ったクッキー用の独特のパッケージも 彼女考案による。別に褒めそやすつもりはないが、字もうまく、キャンティという店名の ロゴタイプなども、そのセンスでデザインされたものだ。これらはいまも店で使われてお り、古くからの客や従業員の間で語り草になっている。
こうしてキャンティ物語は始まる。

To be continued
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一軒のイタリア料理店が日本を変えた!

三島由紀夫、安部公房、黒澤明、岡本太郎、小沢征爾、今井俊満、
黛敏郎、浅利慶太、篠山紀信、ミッキー・カーチス、加賀まりこ、安井かずみ、
かまやつひろし、ビートたけし、坂本龍一、村上龍、
松任谷由実、森瑤子、林真理子、田中康夫……。

'60年開店以来、きらめく才能達が集う伝説のレストラン「キャンティ」。
そのオーナーにして稀有な国際人といわれた
川添浩史・梶子夫妻の生涯と「キャンティ」を愛する客達の青春を描いた
書き下ろし長編ノンフィクション。
キャンティ物語 野地秩嘉
幻冬舎 定価1600円
「キャンティ物語」につきましては、書店にてご購入下さい。