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やがて店は2階にも広げられた。そこではフランス料理も取り入れたが、店内は全体としては、イタリア北部の家庭を思わせる雰囲気となった。この日本離れしたところが、最初から多くの客をひきつけるひとつの理由となったのである。当時は銀座にもこういった店はなく、各界のトップの人たちが集まるインテレクチュアル・ビストロだった。若い芸術家も大勢来ていた。ヨーロッパにはアーティストの卵が集まる小さなレストランがたくさんあるのに、日本にはまったくない。川添夫妻はそんな店を作りたかった。
料理も評判になった。 名物シェフといわれたのが佐藤益夫である。イタリア、フランスなど各国の大使館の調理人を勤め、光輪閣に手伝いにいっているときに川添の目にとまった。
その腕を見込み、川添はキャンティの厨房を任せることにした。佐藤は当時もう60歳を越していた。白いコックコートを着て胸元には赤と白のタータンチェックのスカーフを小粋に下げていた。
今でも名物の蟹のポタージュ、スパゲッティのバジリコ、ラザニア、オーソブッコ、仔牛のカツレツミラノ風、チキンの煮込みローマ風、それにカスタードプディングやパンプキンパイといったデザート類…。キャンティの人気メニューは、佐藤チーフを始めとするコックたちと川添夫妻が、ああでもないこうでもないと意見を交わし、本場の味に近づけ日本人の口に合うよう手を加えて出来あがったものだ。何年もかかりやっと仕上げられた自信作なのである。そのころ、ハーブの一種であるバジリコの葉など輸入されているはずもなく、川添がわざわざ自宅の庭で栽培した。
コックたちはイタリアに行ったこともなければ、イタリア料理もほとんど見たことも食べたこともなかった。ある料理をつくる。それを口にした梶子に、よく「違うのよねぇ」と言われたそうだ。本も何もない。川添夫妻が口で説明したものを作るのは容易ではなかった。川添浩史はみずから料理をすることはなかったが、梶子のほうはこれもうまかった。広尾の自宅に人を招き、さっと素早く気のきいた手料理をつくった。
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| 一軒のイタリア料理店が日本を変えた! 三島由紀夫、安部公房、黒澤明、岡本太郎、小沢征爾、今井俊満、 黛敏郎、浅利慶太、篠山紀信、ミッキー・カーチス、加賀まりこ、安井かずみ、 かまやつひろし、ビートたけし、坂本龍一、村上龍、 松任谷由実、森瑤子、林真理子、田中康夫……。 '60年開店以来、きらめく才能達が集う伝説のレストラン「キャンティ」。 そのオーナーにして稀有な国際人といわれた 川添浩史・梶子夫妻の生涯と「キャンティ」を愛する客達の青春を描いた 書き下ろし長編ノンフィクション。 |
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| キャンティ物語 野地秩嘉 幻冬舎 定価1600円 |
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