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キャンティの歩み―村岡和彦

「イタリアの地で」

いずれにしても、戦争終結の提言を機に、川添浩史は高松宮と近しくなった。その信頼を得て戦後すぐの昭和21(1946)年に光輪閣の支配人となり、同時に国際関係の特別秘書官にも選ばれている。

光輪閣は高輪の高松宮邸を転用した、GHQの高官や、海外からの貿易使節団などのための迎賓館だった。昭和24(1949)年から財界が運営にあたるようになり、初代の世話人代表には皇室財政の相談役で、元大蔵大臣の渋沢敬三が就任。

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